STYLE PROFILE
ダダ・グラフィック
Dada Graphic Design
印刷物の写真と文字を切り合わせ、不連続な組み合わせで常識を揺さぶる表現。

ダダ・グラフィックの代表配色例
| 色 | 役割 | 比 | 文字に使う目安 |
|---|---|---|---|
#22201D | 文字と構造 | 12.37:1 | 本文の文字にも使える |
#A94739 | 主色 | 4.38:1 | 大きな文字や図形なら使える |
比はWCAG 2.2の計算式で求めた値です。4.5:1以上は本文の文字、3:1以上は大きな文字や図形に使える目安です(達成基準1.4.3・1.4.11)。
ダダ・グラフィックのプロンプト例
ダダ・グラフィックでデザインしてください。新聞や雑誌から切り取った写真と文字の断片、互いに異なる像を衝突させる組み合わせ、読順を一つに定めない多方向の配置を取り入れてください。
ダダ・グラフィックの主な視覚的特徴
- 新聞や雑誌から切り取った写真と文字の断片
新聞や雑誌から写真や文字を切り抜き、貼り合わせて画面をつくります。ベルリンのダダの芸術家は、写真入りの新聞などの印刷物の断片を芸術の材料にしました。
- 互いに異なる像を衝突させる組み合わせ
出どころの違う写真を隣り合わせ、意味がかみ合わないまま衝突させます。フォトモンタージュの作り手は、しばしばわざと耳障りな構成で、見る人を慣れから揺り起こそうとしました。
- 読順を一つに定めない多方向の配置
文字を横向きにも縦向きにも刷り、書体を混ぜて、読む順序を一つに決めません。当時新たに広まった印刷文化への、ダダの芸術家たちの関心の表れです。
ダダ・グラフィックが向いている成果物
写真と文字を不連続に切り合わせ、常識への問いや文化批評を主題とする内容に意図的な違和感を与えられる。
ダダ・グラフィックとは
ダダは、第一次世界大戦中の1916年にスイスのチューリヒで始まり、ベルリンやパリなどへ広がった芸術運動です。創始者の作家フーゴ・バルは、この年にキャバレー・ヴォルテールを開き、「ダダ」と名づけた雑誌を出しました。これが数多いダダの出版物の最初です。ダダ・グラフィックは、この運動の印刷物に見られる表現を指します。
ダダの芸術家たちは、戦争がそれを始めた社会のあらゆる面、芸術にまで疑問を突きつけたと考えました。目指したのは、芸術の伝統的な価値を壊し、それに代わる新しい芸術をつくることです。その方法には、マスメディアの利用、言葉の破壊、フォトモンタージュの切り貼りが含まれます。
ベルリンでは、ヨハネス・バーダー、ジョージ・グロス、ラウル・ハウスマン、ジョン・ハートフィールド、ハンナ・ヘッヒがダダのグループをつくりました。中心となったのは、新聞や雑誌の写真を切り、組み替えて貼り合わせるフォトモンタージュです。ヘッヒの《台所包丁で切る》(1919〜20年)では、退位したヴィルヘルム2世らの写真の上に、「反ダダ運動」を意味するドイツ語が貼られています。
文字の扱いでは、しばしば書体を混ぜ、句読点を風変わりに使い、1枚の紙に横向きと縦向きの文字を刷り、印刷用の記号を散らしました。フォトモンタージュはのちにシュルレアリスムの芸術家にも取り入れられ、ダダは戦後のパリでシュルレアリスムの土台になりました。
見分けるときは、次の点を確かめてみてください。
- 印刷物の写真や文字が切り貼りされている
- 意味のかみ合わない像が隣り合っている
- 文字が横向きや縦向きなど複数の向きに置かれている
これらが揃っていると、ダダ・グラフィックの特徴を持っていると言えるでしょう。
実例を見る
Google画像検索で「ダダ・グラフィック」を見る(新しいタブで開きます)検索結果の画像はこの図鑑には保存しません。出典
- DADA ENGINEERS(新しいタブで開きます)The Museum of Modern Art
- Dada(新しいタブで開きます)Tate
- Dada Comes to The Museum of Modern Art(2006年の展覧会のプレスリリース)(新しいタブで開きます)The Museum of Modern Art
- Dada: Typography(2006年の展覧会サイト、Wayback Machineの保存版)(新しいタブで開きます)National Gallery of Art
- Photomontage(新しいタブで開きます)Tate
名称・説明・主な視覚的特徴と「ダダ・グラフィックとは」の事実は、上の出典に基づきます。特徴の説明と見分け方は、出典の内容をこの図鑑がまとめたものです。代表配色例・向いている成果物・プロンプト例は、この図鑑の編集上の提案です。制作・編集:小林 秀樹(セカヤサAIブログ)



