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DESIGN VOCABULARYデザインスタイル図鑑

STYLE PROFILE

ウィーン分離派

Vienna Secession

分離派会館の意匠を代表例に、幾何学的な骨格と抽象化した植物装飾を組み合わせる表現。

ウィーン分離派のスタイル見本
見本はこの図鑑のためにAIで生成した画像です。

ウィーン分離派の代表配色例

色コードと役割をまとめてコピーできます。
背景(#F4F0E5)とのコントラスト比
色役割比文字に使う目安
#242823文字・線13.14:1本文の文字にも使える
#B79A43主色2.38:1文字には向かない
#758171補助色3.59:1大きな文字や図形なら使える

比はWCAG 2.2の計算式で求めた値です。4.5:1以上は本文の文字、3:1以上は大きな文字や図形に使える目安です(達成基準1.4.3・1.4.11)。

ウィーン分離派のプロンプト例

ウィーン分離派風に、正方形や立方体を基礎にした幾何学的な構成、葉や蔓を抽象化した装飾、装飾部分を際立たせる金色を取り入れてください。

ウィーン分離派の主な視覚的特徴

  1. 正方形や立方体を基礎にした幾何学的な構成

    分離派会館では、正方形を基本の形として組み合わせ、平面から建物全体の形を導きました。外壁は閉じた面が多く、外から見ると重い立方体を組み合わせたように見えます。

  2. 葉や蔓を抽象化した装飾

    分離派会館では、月桂樹の葉や枝、実を模様として繰り返し、正面の柱や入口、ドームを飾ります。月桂樹はこの建物で最も目立つ、象徴的な装飾です。

  3. 装飾部分を際立たせる金色

    分離派会館のドームは、金めっきした2,500枚の月桂樹の葉で覆われ、遠くからでも見えます。装飾的なドームは、展示室の飾り気のない機能性と対比されました。

ウィーン分離派が向いている成果物

ウィーン分離派とは

ウィーン分離派は、1897年にウィーンで結成された芸術家の団体と、その表現です。4月3日に設立総会が開かれ、35歳のグスタフ・クリムトが会長に選ばれました。展覧会への出品をめぐって、公式の美術家組合「キュンストラーハウス」の既成の芸術家と対立し、5月24日に分離を宣言しました。

最初の会員には、建築家のヨーゼフ・ホフマンとヨーゼフ・マリア・オルブリッヒ、画家のコロマン・モーザーらがいました。彼らは雑誌『ヴェル・サクルム(聖なる春)』を創刊し、第1回展では美術と工芸を同じ扱いで並べました。1902年の第14回展は、ベートーヴェンにささげる総合芸術として建築・絵画・彫刻をまとめ、クリムトが《ベートーヴェン・フリーズ》を描きました。

会の専用の展示館として建てられた分離派会館は、オルブリッヒの設計で1898年に完成しました。正方形を基本にした簡素な幾何学の平面から全体の形が導かれ、外からは重い立方体を組み合わせたように見えます。屋根には金色の月桂樹の枝を編んだドームがのり、ウィーンの人々はこれを「キャベツ頭」とからかいました。

オーストリアでアール・ヌーヴォーを最初に広めたのは分離派の芸術家たちで、その様式は「セセッション様式」と呼ばれました。影響は大きく、当時の建築や家具、ポスター、日用品、織物に見られます。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は、幾何学的な正確さと表情豊かな曲線の組み合わせを、オーストリアのアール・ヌーヴォーの特色としています。

見分けるときは、次の点を確かめてみてください。

  • 正方形や立方体を基にした、簡潔な幾何学的な形でできている
  • 葉や枝などの植物が、模様のように様式化されている
  • 装飾の部分に金色が使われ、目を引いている

これらが揃っていると、ウィーン分離派の特徴を持っていると言えるでしょう。

実例を見る

Google画像検索で「ウィーン分離派」を見る(新しいタブで開きます)検索結果の画像はこの図鑑には保存しません。

出典

名称・説明・主な視覚的特徴と「ウィーン分離派とは」の事実は、上の出典に基づきます。特徴の説明と見分け方は、出典の内容をこの図鑑がまとめたものです。代表配色例・向いている成果物・プロンプト例は、この図鑑の編集上の提案です。制作・編集:小林 秀樹(セカヤサAIブログ)