STYLE PROFILE
エトルリア建築
Etruscan Architecture
高い基壇と正面入口を備え、木造の上部を彩色テラコッタで飾る神殿の建築表現。

エトルリア建築の代表配色例
| 色 | 役割 | 比 | 文字に使う目安 |
|---|---|---|---|
#352C28 | 文字・構造 | 9.77:1 | 本文の文字にも使える |
#AE5139 | 主色 | 3.73:1 | 大きな文字や図形なら使える |
比はWCAG 2.2の計算式で求めた値です。4.5:1以上は本文の文字、3:1以上は大きな文字や図形に使える目安です(達成基準1.4.3・1.4.11)。
エトルリア建築のプロンプト例
エトルリア建築の雰囲気にしてください。正面の階段から上がる高い基壇、入口側に深く張り出す柱廊、屋根を飾る彩色テラコッタの像を取り入れてください。
エトルリア建築の主な視覚的特徴
- 正面の階段から上がる高い基壇
神殿は高い基壇の上に建ち、入口は正面の一か所に定められています。低い階段と列柱が四方を巡るパルテノンとは、近づき方が大きく異なります。
- 入口側に深く張り出す柱廊
建物の前半分は、間隔を広くとったトスカナ式の柱が並ぶ深い前廊です。奥には3つの部屋が並び、訪れる人は正面の一か所から近づきます。
- 屋根を飾る彩色テラコッタの像
ウェイイのポルトナッチョ神殿では、屋根の棟に等身大を超える彩色テラコッタの像を並べ、神話の場面を演じさせていたと見られます。像を屋根の頂に置くのは、まったくエトルリア独自の工夫でした。
エトルリア建築が向いている成果物
深い柱廊と彩色テラコッタの屋根飾りを見せ、エトルリアの神殿を扱う記事の特徴的な主題画像を作れる。
エトルリア建築とは
エトルリア建築は、古代イタリアのエトルリア人が築いた建築です。エトルリア人は、紀元前700年ごろには言語から見分けられる文化を持ち、前7世紀の初めまでにアルノ川とテヴェレ川の間のイタリア中部に住んでいました。
初期のエトルリア人は、記念碑的な神殿ではなく自然の中で神々を祀っていましたが、前600年ごろ、おそらくギリシアの影響で、神々のための記念碑的な建物を作る動きがエトルリア全体に広がりました。ただし神殿の材料と設計はギリシアとはっきり異なり、石の基礎の上に、木や日干しれんが、テラコッタで上部を作りました。そのため多くは失われましたが、ローマの建築家ウィトルウィウスが前1世紀後半に『建築について』に書いた記述を、残る発掘の成果がおおむね裏づけています。
よく調べられた例が、ローマの北約18kmの都市ウェイイにある、女神ミネルウァにささげたポルトナッチョ神殿です。凝灰岩の基礎が残り、ほぼ正方形の平面は、ウィトルウィウスが記した、奥行きが幅よりわずかに大きい5対6の比を映しています。神殿の前半分は、間隔を広くとったトスカナ式の柱が並ぶ深い前廊で、奥は3つの部屋に分かれていました。屋根の棟には等身大を超えるテラコッタ像が並び、その代表がアプル(ウェイイのアポロン、前510〜前500年ごろ)です。
ローマのカピトリヌスの丘のユピテル神殿は、エトルリア建築の特徴をすべて備え、共和政期の大半を通じて神殿の設計に影響を与えました。エトルリアの神殿の設計はルネサンス建築にも大きな影響を与え、ルネサンス以降のイタリアの多くの建物に、トスカナ式(台座のあるドリス式)の柱が見られます。
見分けるときは、次の点を確かめてみてください。
- 正面から上がる高い基壇の上に建っている
- 入口側に、柱の並ぶ深い前廊がある
- 屋根の上に、彩色したテラコッタの像が並んでいる
これらが揃っていると、エトルリア建築の特徴を持っていると言えるでしょう。
実例を見る
Google画像検索で「エトルリア建築」を見る(新しいタブで開きます)検索結果の画像はこの図鑑には保存しません。出典
- Temple of Minerva and the sculpture of Apollo (Veii)(新しいタブで開きます)Smarthistory
- Etruscan Art(新しいタブで開きます)The Metropolitan Museum of Art, Heilbrunn Timeline of Art History
- Ancient Roman architecture, an introduction(新しいタブで開きます)Smarthistory
名称・説明・主な視覚的特徴と「エトルリア建築とは」の事実は、上の出典に基づきます。特徴の説明と見分け方は、出典の内容をこの図鑑がまとめたものです。代表配色例・向いている成果物・プロンプト例は、この図鑑の編集上の提案です。制作・編集:小林 秀樹(セカヤサAIブログ)



