STYLE PROFILE
ピクチャレスク庭園
Picturesque Garden
岩や樹木、曲がる道を使い、野趣のある絵画的な場面をつくる庭園表現。

ピクチャレスク庭園の代表配色例
| 色 | 役割 | 比 | 文字に使う目安 |
|---|---|---|---|
#303C2E | 文字と構造 | 7.59:1 | 本文の文字にも使える |
#788166 | 主な装飾 | 2.68:1 | 文字には向かない |
#8B887B | 補助の装飾 | 2.32:1 | 文字には向かない |
比はWCAG 2.2の計算式で求めた値です。4.5:1以上は本文の文字、3:1以上は大きな文字や図形に使える目安です(達成基準1.4.3・1.4.11)。
ピクチャレスク庭園のプロンプト例
ピクチャレスク庭園でデザインしてください。荒い岩と樹木、曲がる道を組み合わせ、岩のアーチなどを風景の見せ場にしてください。
ピクチャレスク庭園の主な視覚的特徴
- 荒い岩や採石場のような地形
荒い質感の岩肌や岩の露頭を、景色の見どころにします。ベルシーでは、石切り場を野性的でロマンティックに見える庭に仕立てました。
- 樹木に囲まれた曲線の道
樹木に包まれた曲がる道から、手前の枠越しに景色を眺めるように見せます。風景画の構図を、実際の庭に移そうとする考え方によるものです。
- 人工の廃墟や岩のアーチなどによる見せ場
人工の廃墟や、人の手で作った岩のアーチを置き、荒々しくロマンティックな場面を作ります。自然の荒れた姿を、意図して演出したものです。
ピクチャレスク庭園が向いている成果物
荒い岩や樹木、人工の廃墟を曲がる道に沿って見せ、野趣のある庭園の場面を主題にできる。
ピクチャレスク庭園とは
ピクチャレスク庭園は、18世紀の終わりごろのイギリスで、ピクチャレスクと呼ばれる新しい美の考え方から生まれた庭園表現です。この運動は1794年、リチャード・ペイン・ナイトの教訓詩『風景』と、ユヴェデール・プライスの『ピクチャレスク論』によって公然と始まりました。作家で画家のウィリアム・ギルピンも、この運動の主な美学者の一人とされます。
ピクチャレスクは、荒々しく手つかずの風景を好み、ブラウンの風景式庭園を単調で繰り返しが多く、人工的だと批判しました。プライスらは、荒い質感や岩の露頭を手前の枠越しに見せるなど、風景を風景画のように扱うことを唱えました。プライスは、枯れた木や池に半ば沈んだ枝のような自然の「偶然」をたたえ、細部の豊かさを好みました。
ノーサンバーランドのベルシー・ホールにある石切り場の庭は、19世紀の初めにサー・チャールズ・モンクが設計し、野性的でロマンティックに見えるよう意図されたものです。人工の岩のアーチを持つこの庭は、イングランドのピクチャレスク様式の最も注目すべき例の一つとされます。
1790年代にブラウンの後を継いだハンフリー・レプトンは、プライスらから異議を唱えられました。レプトンは初めブラウンの様式に従いましたが、のちにピクチャレスクの考えを探り、著作で論じました。レプトンや同時代の人々は、ブレイズ城やウォーバン・アビーの庭に人工の廃墟や野趣のある植え込みを加えました。
見分けるときは、次の点を確かめてみてください。
- 荒い岩肌や、石切り場のような地形が見える
- 道が樹木に囲まれながら曲がっている
- 人工の廃墟や岩のアーチなどの見せ場がある
これらが揃っていると、ピクチャレスク庭園の特徴を持っていると言えるでしょう。
実例を見る
Google画像検索で「ピクチャレスク庭園」を見る(新しいタブで開きます)検索結果の画像はこの図鑑には保存しません。出典
- Georgians: Parks and Gardens(新しいタブで開きます)English Heritage
- Gardens Timeline(新しいタブで開きます)English Heritage
- How has the English landscape garden developed?(新しいタブで開きます)National Trust
- Sir Uvedale Price, 1st Baronet (Internet Archive copy)(新しいタブで開きます)Encyclopaedia Britannica
名称・説明・主な視覚的特徴と「ピクチャレスク庭園とは」の事実は、上の出典に基づきます。特徴の説明と見分け方は、出典の内容をこの図鑑がまとめたものです。代表配色例・向いている成果物・プロンプト例は、この図鑑の編集上の提案です。制作・編集:小林 秀樹(セカヤサAIブログ)



